大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)2639号 判決 1975年8月27日

原告 橘秀一

右訴訟代理人弁護士 小倉武雄

右訴訟復代理人弁護士 山崎吉恭

原告訴訟代理人弁護士 密門光昭

同 青野正勝

被告 佐藤工業株式会社

右代表者代表取締役 佐藤欣治

<ほか七名>

被告ら訴訟代理人弁護士 大沢憲之進

主文

被告佐藤工業株式会社は原告に対し別紙物件目録記載(一)の土地をその地上にある同目録記載(二)(1)ないし(5)の各建物、南側の高さ約二メートル、巾二五・〇五メートルのブロック塀及び機械類などの存置物を収去して明渡し且つ昭和二三年一二月二一日から右明渡ずみまで別紙金員目録(二)記載の金員を支払え。

被告久保定次郎、同森下秀雄、同芝木正義は別紙物件目録記載(二)(1)の建物から、被告岸本正は同目録記載(二)(2)の建物から、被告香西文夫は同目録記載(二)(3)の建物から、被告安田定雄は同目録記載(二)(4)の建物から、被告柏樹直夫は同目録記載(二)(5)の建物からそれぞれ退去せよ。

原告の被告佐藤工業株式会社に対する

その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決の第一、二項は原告が被告らに対する共同担保として金二〇〇万円の担保を供するときはいずれも仮に執行することができる。

事実

第一、申立

(請求の趣旨)

被告佐藤工業株式会社(以下、被告会社という)は原告に対し別紙物件目録記載(一)の土地(以下、本件土地という)をその地上にある同目録記載(二)(1)ないし(5)の各建物、南側の高さ約二メートル、巾二五・〇五メートルのブロック塀及び機械類などの存置物を収去して明渡し且つ昭和二三年一二月一〇日から右明渡ずみまで別紙金員目録(一)記載の金員を支払え。

被告久保定次郎、同森下秀雄、同芝木正義は別紙物件目録記載(二)(1)の建物から、被告岸本正は同目録記載(二)(2)の建物から、被告香西文夫は同目録記載(二)(3)の建物から、被告安田定雄は同目録記載(二)(4)の建物から、被告柏樹直夫は同目録記載(二)(5)の建物からそれぞれ退去せよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び仮執行宣言を求める。

(請求の趣旨に対する答弁)

原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二、主張

(請求の原因)

一、従前地の所有関係

従前地大阪市浪速区東円手町八一六番二、同番一の二合併宅地四七八坪のうち三一一・五坪(以下、従前地Aという)及び従前地大阪市浪速区稲荷町二丁目九二七番五宅地八・二坪、同所九三〇番宅地六六六・九坪のうち三三七・四坪計三四五・六坪(以下、従前地Bという)は、いずれももと訴外橘源兵衛の所有であったが、従前地Aは、訴外橘源次郎が大正一四年八月二九日家督相続により所有権を取得し、次いで原告が昭和二二年三月二八日家督相続により所有権を取得し、従前地Bは、訴外橘徳松(以下、徳松という)が大正一四年八月二九日以前に訴外橘源兵衛から贈与により所有権を取得した。

二、仮換地の指定

従前地A及び従前地Bは、右のとおり所有者を異にしていたが、公簿上の所有名義人はともに訴外橘源兵衛であったため、大阪復興特別都市計画事業土地区画整理施行地区整理施行者大阪市長(以下、単に大阪市長という)は、昭和二三年一二月一〇日右両地を一括してこれに対する仮換地として、港町工区八六ブロック符号一宅地四四〇・四坪を指定し、右指定の通知は、遅くとも同月二〇日には原告及び徳松に到達した。右仮換地は、従前地Bにとってはいわゆる現地換地であるが、従前地Aにとってはいわゆる飛換地である。

三、本件土地の使用収益権の専有

(一)、原告と徳松は、昭和三四年四月頃右仮換地を東側部分二一〇・二八坪(符号一の二、本件土地)と西側部分二二九・八九坪(符号一の一)とに協議分割し、原告が前者を、徳松が後者を取得することとし、その旨を大阪市長に届出で、大阪市長は、右届出を審議会に諮ったうえ受理した。

(二)、右届出の審議及び受理は、行政処分たる性質を有するから、右分割は、何人に対してもその効力を生じ、従って、原告は、本件土地の使用収益権を専有する。

(三)、仮に右分割がその当事者を債権的に拘束する効力しか生じないものであるとしても、被告会社は、右分割直後である昭和三四年五月二五日徳松から、右分割により本件土地については原告が、前記西側部分(符号一の一)については徳松がそれぞれ使用収益権を専有することとしたことを知りながら右西側部分(符号一の一)を譲受けたものであるから、徳松の契約上の地位の承継人として右分割の効力を受ける。

(四)、仮に右主張が認められないとしても、被告会社は、前記西側部分(符号一の一)につき原告の使用収益を排除し専ら自己のみが使用収益しているのであるから、信義則上残る本件土地については原告が使用収益権を専有することを承認せざるを得ない。

四、被告らの本件土地占有

被告会社は、少くとも昭和二三年一二月一〇日以降本件土地をその地上に別紙物件目録記載(二)(1)ないし(5)の各建物その他請求の趣旨第一項記載の物件を存置所有して占有しており、その余の被告らは、それぞれ右建物のうち請求の趣旨第二項記載の退去請求にかかる各建物を占有している。

五、被告会社の不当利得及び不法行為

(一)、原告は、前記仮換地指定のなされた昭和二三年一二月一〇日から本件土地の使用収益権を専有するに至るまでの昭和三四年四月三〇日までは仮換地港町工区八六ブロック符号一宅地四四〇・四坪の使用収益権を徳松と準共有していたものであるが、被告会社は、その間原告に対する関係では何らの権原なくして右仮換地全部を単独で占有使用して原告の右仮換地に対する使用収益を妨げもって原告の右仮換地の使用収益権の準共有持分に対する賃料相当額を不当に利得した。

(二)、原告は、昭和三四年五月一日以降は本件土地の使用収益権を専有しているものであるが、被告会社は、右同日以降何らの権原なくして本件土地を占有使用して原告の本件土地の使用収益権を侵害しもって原告に対し本件土地の賃料相当額の損害を与えている。

(三)、仮に原告の本件土地の使用収益権の専有の主張が認められないとすれば、被告会社は、昭和三四年五月一日以降も右(一)同様原告の前記仮換地の使用収益権の準共有持分に対する賃料相当額を不当に利得している。

(四)、原告の前記仮換地の使用収益権の準共有持分に対する賃料相当額及び本件土地の賃料相当額は、別紙金員目録(一)記載のとおりである。

六、結論

よって、原告は、被告会社に対し、本件土地の専有の使用収益権に基き別紙物件目録記載(二)(1)ないし(5)の各建物その他請求の趣旨第一項記載の地上物件を収去して本件土地を明渡すことと昭和二三年一二月一〇日から右明渡ずみまで別紙金員目録(一)記載の不当利得金及び損害金もしくは不当利得金を支払うことを求め、その余の被告らに対し、右使用収益権に基き各占有建物から退去することを求める。

(請求の原因に対する答弁)

一、請求の原因第一項記載の事実は認める。

二、同第二項記載の事実は認める。

三、同第三項記載の事実のうち、(一)の事実は認めるが、(二)ないし(四)の各事実はいずれも否認する。

四、同第四項記載の事実は認める。

五、同第五項記載の事実は否認する。

六、同第六項は争う。

(抗弁)

一、従前地Bの賃借

被告会社は、昭和二二年一月一五日徳松から従前地Bを含む大阪市浪速区稲荷町二丁目の従前地一五〇七・七三坪を建物所有の目的で賃借した。

二、仮換地の指定

大阪市長は、原告主張のとおり昭和二三年一二月一〇日原告所有の従前地A及び徳松所有の従前地Bに対する仮換地として港町工区八六ブロック符号一宅地四四〇・四坪を指定したが、それによって、原告と徳松とは、右仮換地の使用収益権を準共有することとなり、従って、被告会社の前記賃借権は、右仮換地の使用収益権中徳松の準共有持分の上に存することとなった。

三、原告の準共有持分の賃借

被告会社は、昭和二三年一二月前記仮換地指定直後原告代理人訴外木村信太郎から前記仮換地の使用収益権中原告の準共有持分を建物所有の目的で賃借した(従って、被告会社は、結局前記仮換地全部を賃借したこととなる)。

四、賃貸借の目的物件の特定と徳松の準共有持分の買受

被告会社が徳松から前記仮換地の使用収益権中徳松の準共有持分を買受けることとなったため、原告と徳松とは、原告主張のとおり昭和三四年四月頃前記仮換地を東側部分である本件土地と西側部分とに協議分割したが、その際、原告、徳松及び被告会社の三者は、爾後の被告会社の賃借権の賃貸人を原告に、目的物件を本件土地に特定することを合意し、しかるのち、被告会社は、徳松から前記仮換地の使用収益権中徳松の準共有持分を買受けた。従って、被告会社は、爾後原告から本件土地を賃借しているものである。

(抗弁に対する答弁)

一、抗弁第一項記載の事実は認める。

二、同第二項記載の事実は認める。

三、同第三項記載の事実は否認する。

四、同第四項記載の事実のうち、前記仮換地協議分割の事実及び被告会社による徳松の準共有持分買受の事実は認めるが、被告会社の賃借の賃貸人を原告に、目的物件を本件土地に特定したとの事実、従って被告会社が本件土地を賃借しているとの事実は否認する。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、従前地A及び従前地Bは、いずれももと訴外橘源兵衛の所有であったが、従前地Aは、訴外橘源次郎が大正一四年八月二九日家督相続により所有権を取得し、次いで原告が昭和二二年三月二八日家督相続により所有権を取得し、従前地Bは、徳松が大正一四年八月二九日以前に訴外橘源兵衛から贈与により所有権を取得したこと、被告会社は、昭和二二年一月一五日徳松から従前地Bを含む大阪市浪速区稲荷町二丁目の従前地一五〇七・七三坪を建物所有の目的で賃借したこと、従前地A及び従前地Bは、右のとおり所有者を異にしていたが、公簿上の所有名義人はともに訴外橘源兵衛であったため、大阪市長は、昭和二三年一二月一〇日右両地を一括してこれに対する仮換地として本件土地を含む港町工区八六ブロック符号一宅地四四〇・四坪を指定の通知は、遅くとも同月二〇日には原告及び徳松に到達したこと、右仮換地は、従前地Bにとってはいわゆる現地換地であるが、従前地Aにとってはいわゆる飛換地であること、被告会社が昭和二三年一二月一〇日以降右仮換地のうち東側部分にあたる本件土地をその地上に別紙物件目録記載(二)(1)ないし(5)の各建物その他請求の趣旨第一項記載の物件を存置所有して占有しており、その余の被告らは、それぞれ右建物のうち請求の趣旨第二項記載の退去請求にかかる各建物を占有していることは、いずれも当事者間に争いがなく、被告会社が昭和二三年一二月一〇日以降右仮換地のうち西側部分にあたる本件土地以外の土地をも(従って、結局右仮換地全部を)占有していることは、弁論の全趣旨によって認められる。

本件のように、所有者を異にする二筆の従前地に対し一筆の仮換地が各従前地に照応する部分を特定することなく指定された場合は、各所有者は、仮換地全体の使用収益権を従前地の地積の割合に応じた持分で準共有するものと解すべきであり、≪証拠省略≫によれば、前記仮換地指定処分は、使用開始日を指定の通知を受けた日の翌日と定めたものであることが認められるから、原告と徳松とは、昭和二三年一二月二一日以降本件土地を含む前記仮換地全部の使用収益権を従前地A及び従前地Bの各地積の割合、すなわち三一一・五対三四五・六の割合に応じた持分で準共有するに至ったものと解せられる。

被告らは、被告会社が昭和二三年一二月前記仮換地指定直後原告代理人訴外木村信太郎から前記仮換地の使用収益権中原告の準共有持分を建物所有の目的で賃借したと主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない(≪証拠判断省略≫)。

二、さて次に、原告と徳松とが昭和三四年四月頃前記仮換地を東側部分二一〇・二八坪(符号一の二、本件土地)と西側部分二二九・八九坪(符号一の一)とに協議分割し、原告が前者を、徳松が後者を取得することとし、その旨を大阪市長に届出で、大阪市長が右届出を審議会に諮ったうえ受理したことは、当事者間に争いがないが、原告は、まず右届出の審議及び受理は行政処分たる性質を有するから、右分割は何人に対してもその効力を生じ、従って原告は本件土地の使用収益権を専有するに至ったと主張する。しかし、仮換地の使用収益権は、施行者の行う仮換地指定処分なる公法上の行為によって土地区画整理法九九条一項の規定に基き付与されるものであるから、その変更も、同法一二九条による場合を除いては、施行者が同法所定の手続を経て行う仮換地変更指定処分をまって初めて可能となるものであって、原告主張の前記届出の審議及び受理の如きは、施行者が将来本換地処分をなすにあたっての一応の目安とするための、しかしながら施行者はその届出には拘束されない単なる便宜的な事実行為にすぎないものと解せられる。当裁判所の調査嘱託(第一、二回)の結果も、そのことを示している。従って、原告の右主張は採用することができない。

原告は、次に被告会社は前記分割の直後である昭和三四年五月二五日徳松から前記分割により本件土地については原告が、前記西側部分(符号一の一)については徳松がそれぞれ使用収益権を専有することとしたことを知りながら右西側部分(符号一の一)を譲受けたものであるから、徳松の契約上の地位の承継人として右分割の効力を受けると主張する。仮換地の使用収益権の準共有者が各自独立して使用収益できる位置範囲を合意することは、もとより自由であり、この債権的な合意は、私法上有効に合意の当事者を拘束するものと解せられるが、前記分割は、原告と徳松との間のこのような債権的な合意とみられる。右は、債権的な合意であるから、これに参加していない第三者を拘束するものではないが、準共有にかかる権利についての債権を生ぜしめる合意として、民法二五四条の準用により、仮換地の使用収益権の準共有持分の特定承継人に対しては、その者が右合意の存在を知っていたか否かにかかわりなく効力を及ぼすものと解せられる(最高裁判所昭和三四年一一月二六日第一小法廷判決民集一三巻一二号一五五〇頁参照)ところ、被告会社が昭和三四年五月二五日徳松から前記仮換地の使用収益権中徳松の準共有持分を買受けたことは、当事者間に争いがないから、原告は、右同日以降被告会社に対する関係では本件土地の使用収益権を専有するに至ったものといわなければならない。

これに対し、被告らは、原告、徳松及び被告会社の三者は前記分割の際爾後の被告会社の賃借権の賃貸人を原告に目的物件を本件土地に特定することを合意したと主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない(≪証拠判断省略≫)。

三、以上認定の事実関係によれば、原告は、被告会社に対し本件土地を別紙物件目録記載(二)(1)ないし(5)の各建物その他請求の趣旨第一項記載の地上物件を収去して明渡すことを求める権利を有する。けだし、原告は、被告会社に対する関係では本件土地の使用収益権を専有するのに対し、被告会社は、本件土地につき原告に対抗しうる何らの権原をも有しないからである。また、原告は、その余の被告らに対し、右建物中各占有建物から退去することを求める権利を有する。けだし、原告は、被告会社以外の被告らに対する関係では本件土地の使用収益権を専有するとはいえないけれども本件土地を含む前記仮換地全部の使用収益権を徳松と準共有するのに対し、右被告らの援用する占有権原は被告会社の右使用収益権中徳松の準共有持分に対する賃借権ということになろうが、右賃借権はその目的物件が特定していないため原告及び徳松に対抗しうる本件土地の占有権原とはいえず(最高裁判所昭和四〇年三月一〇日大法廷判決民集一九巻二号三九七頁参照)、しかも原告と徳松とが前記のとおり前記仮換地を協議分割し使用収益区分を特定する合意をした以上徳松としても被告らを本件土地から排除する利益を有するに至ったものというべきであるから、原告は、被告会社以外の被告らに対し、保存行為として前記各占有建物からの退去を求めうるものというべきだからである。更に、原告は、被告会社に対し、昭和二三年一二月二一日から昭和三四年五月二四日までは、前記仮換地の使用収益権中徳松の準共有持分しか賃借していないのに前記仮換地全部を使用して原告の準共有持分に対する賃料相当額を不当に利得し原告に右同額の損失を及ぼしたものとして、右賃料相当額の不当利得金の返還を請求する権利を有し(被告会社が徳松に対し前記仮換地全部分の賃料を支払っていたとしても同断である)昭和三四年五月二五日から本件土地明渡ずみまでは、原告の本件土地の専有の使用収益権を侵害し原告に賃料相当額の損害を与えているものとして、右損害の賠償を請求する権利を有するが、昭和二三年一二月二〇日以前は、被告会社は従前地Bをこれに対する賃借権に基き適法に占有していたわけであるから、不当利得も不法行為も成立しない。そして、≪証拠省略≫によれば、本件土地を含む前記仮換地の賃料相当額は、月額坪あたり、昭和二三年一二月一〇日現在二円、昭和二七年一月一日現在一七円、昭和三〇年一月一日現在三七円、昭和三三年一月一日現在一二一円、昭和三六年一月一日現在二九六円、昭和三九年一月一日現在七二四円、昭和四二年一月一日現在八八九円であることが認められる。従って、原告は、被告会社に対し、昭和二三年一二月二一日から昭和三四年五月二四日までは、右単価に前記仮換地の地積四四〇・四坪を乗じそれに原告の準共有持分の割合すなわち六五七・一分の三一一・五を乗じて算出した金額の不当利得金、昭和三四年五月二五日から本件土地明渡ずみまでは、右単価に本件土地の地積二一〇・二八坪を乗じて算出した金額の損害賠償金のうち原告の請求の限度内の金額すなわち別紙金員目録(二)記載の金員を支払うことを求める権利を有する。

四、よって、原告の本訴請求を右の限度で正当として認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条但書、八九条、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 露木靖郎)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例